下北沢に「プラス思考喫茶」が登場

自己実現

本当にヤバいプラス思考の脆弱性6つ

私が自閉症を本格的に疑い始めた1歳半頃、旦那は認めませんでした
気にしすぎそのうち喋るよ歩くのだって、遅かったけど歩いたしそうゆう目で見てるから自閉症に見えてくるんだ!

と私が自閉症の話をするたびに不穏な空気になってました。

当然、一歳半検診では引っかかりましたが、心理士さんの『共感遊びができるからこの子は自閉症ではない』の言葉で完全にほら見ろ!という感じに旦那がなり
でも2歳になっても喋らない場所見知りでグズグズしてお出掛けしても全く楽しめず体感も弱く出来る事も少なく数字への強い興味
私は周りの子との違いをガンガン感じていましたが、旦那は普通の子を知らないので
「こうゆう性格でしょ?」と

2歳5ヶ月発達相談することを渋々納得してくれ相談に行き、そこから療育へと繋がりました。
相談にいけば大丈夫と言われ、はっきりすると思っていた旦那は落ち込んでましたが、それでもなお『まだわからない』と言ってました。
2歳7ヶ月頃から単語がかなり増えはじめ、二語分も少しづつ話すようになると『やっぱ大丈夫だろ』と

しかし周りとの差は広がり続けました。言葉がどうこう以前にこだわり、パニックなどが強くなり育てにくくて大変でした。
旦那を説得するのに時間がかかりましたが3歳を待ってすぐに発達検査を予約3歳半で診断を受けました。
結果を聞く日は旦那も一緒にきました。Dr.から診断名を聞いて納得せざるを得なくなり少しづつ旦那なりに受容していった感じでした。

しかーし!ある意味プラス思考すぎなのか!?「発達の遅れあんまりなかったし、自閉度も強くないって言ってたから何とかなりそうだな!!」
私ポカーン

まぁ前向きなのはいいけどそんなに簡単な事ではないよ。
グレーの子に診断はつかない。
診断がつくのはそれなり困り感が強いからだよ。と心の中で思いました。

変わったプラス思考でイメージチェンジ。

復職に向けて、会社の面接を受けてきました。来週7月22日以降で、会社の準備が整い次第、フルタイムで仕事を始めてみます。2年半休職していたボケボケの頭で、体力も十分ではないですが、あせらず頑張ってみます。主治医の先生に書いてもらった復職診断書を読んでいると、告知されてから2年半の出来事を次々と思い出しました。【復職診断書要約】・ 2016年9月頃より食後の嘔吐あり・ 2017年3月フィリピンの病院で膵体部がんを指摘される・ 3月16日 初診。 膵体部がん、横行結腸浸潤あり・ 4月 4日 横行結腸の閉塞により、人工肛門増設※ すい臓がんの方はあまり経験されていませんが、がんの浸潤で大腸が完全に閉塞したので人工肛門になりました。おなかからピンポン玉くらいの腸が出ていて、パクパク口をあけています。そこからうんちがどぼどぼ出てくるのを袋で受け止めます。私は「ストマ君」と名付けて可愛がっていましたが、漏れたり、膨れて爆発しそうになったり、管理はとても大変です。・ 4月24日 切除術を試みるも腹膜細胞診陽性にて切除不可。胃空腸吻合術施行。※ 切除出来なくて、がっかりして退院するときの写真です。すい臓がんが十二指腸にも浸潤して、まったく食べれていませんでしたが、腸を直接胃につなげる手術をしてからは食事が出来るようになりました。そんなに長くは生きれないと思っていたので、食べれるようになった事は最高にうれしかったです 。食べれないって、本当に辛いですよね。・ その後化学療法を施行※ 写真は人生の恩人の一人の方と食事をした時の物です。この頃は、終活リストを作って、一つ一つこなしていました。その中でも、人生の恩人へのあいさつはとても重要視していました。「人」は私の一番の宝物です。・ 2017年10月6日 横行結腸吻合、膵体尾部切除を施行※ 切除術直後の写真です。おなかから5本もチューブが出ていて、トイレも一苦労。手で持っているのは背中に入っている硬膜外麻酔のボタンです。麻薬系の痛み止めなので良く効きましたが、切れた時はものすごく痛かったです。いくら痛くても切除出来たことの喜びがこの時は強かったです。再発の可能性は高いけど、一年くらいは寿命が延びたかなと思っていました。※ 術後一カ月経過したときの写真です。十二指腸や胃に接触していたがんをかきとった為、十二指腸がはれあがって食べた物が通らなくなっていました。消化液もすべて吐いてしまうので、鼻からドレンチューブを入れて、絶食絶飲で一カ月以上過ごしました。食べれるようになったら何を食べるかだけを毎日考えて過ごしていました。鼻の穴が泣きそうになるくらい痛かったです。・ 2018~19年 術後も外来にて補助抗がん剤治療を実施した。※ 術後はアブジェムを打つたびに高熱に見舞われていました。下痢は治ることはなく、トイレから離れられない生活が続き、食べても食べても体力が戻らなかったり、TS-1に変ってからは強い倦怠感に襲われたりと、抗がん剤にはさんざんやられましたが、今のところ再発が無いという事は抗がん剤が頑張ってくれたのだと思います。休職中は、心と身体にストレスを与えない事だけを考えていました。寝たいだけ寝て、妻と二人で長野や新潟、九州をキャンピングカーで旅しながらスキー、山登り、岩登り、そして毎日、治湯に励みました。        同じ病気の方々のブログが読めます。素敵な仲間にたくさんの力をいただいています。 ↓ ↓ ↓
にほんブログ村がんになったごとが私の人生を代表する出来事ではありません(小林麻央)→ 私にとってはまだまだ「がんになったことは私の人生を代表する出来事」です。  それまでの色々な人生設計がボロボロに崩れ去りました。  まだ運よく生きて延びているから良いですが、そうでない人もたくさん見てきました。  こんなプラス思考?にはまだまだなれそうもありませんが、  好きな言葉です。  

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